ご家族の皆様へ

パチンコ、競馬等でギャンブラーが問題を抱えると、その問題が家族にまで飛び火して巻き込まれてしまうことも少なくありません。

家族からすれば、自分がギャンブルをやっているわけでもないのに不意打ちのように困りごとが降りかかってくる状態であり、まさに暗中模索でしょう。そして、ギャンブラーやギャンブル依存に関連してさまざまな疑問が湧いてくることになります。

そこで、家族のみなさんからよく寄せられる疑問について、これまでの経験も踏まえて解説してみようと思います。

《目次》

Q1:以前はしっかりした人だったのに、ギャンブルに狂ってからは人が違ったようになってしまった。頭がおかしくなってしまったのか。

Q2:考えや意志でコントロールできないというなら、どうすればよいのか。

Q3:怒っても無駄だと分かっていても、腹が立って仕方が無い。

Q4:ギャンブラーの借金を代わりに支払ったら、自助グループのメンバーからイネイブリングと指摘された。家族が代わりに支払うことは絶対にいけないのか。

Q5:尻ぬぐいは良くないと頭では分かっていても、借金の督促状が届いたり、取り立てらしき電話が鳴ったりすると、やっぱり不安でどうしようもない。

Q6:怒っても無駄、尻ぬぐいはダメ。だったらもうギャンブラー本人と一切関わるべきではないということなのか。

Q7:ギャンブル問題に関する支援機関にはどういったものがあるのか。

Q8:娘のギャンブルの尻ぬぐいを繰り返した結果、自分自身が借金を抱えてしまい生活が大変な状況になってしまった。どうすればよいか。

Q9:ギャンブラーが亡くなった。これでようやくギャンブル問題から解放されるのかと思ったが、どうも心身の不調が続いている。これはどういうことだろう。

Q10:子どもがギャンブラーになってしまったのは、自分の育て方が悪かったからなのか。情けないし、恥ずかしい。

Q11:長年ギャンブルをやめていたのに、ギャンブルが再発してまた以前のようにのめり込んでしまうことがあると聞いた。今は止まっていても、いつそうなってしまうのか心配で仕方ない。

Q12:アルコール依存で体を壊し生命の危機に至ることは理解できるが、ギャンブルなら命まで奪われることはないだろう。果たしてそんなに深刻なことなのだろうか。大げさに考えすぎではないか。

Q13:家族向けのプログラムに参加する中で、現在本人のお小遣いの管理を学んでいるところである。しかしながら、自助グループでは「手放す」という話もよく耳にする。本人のお小遣いは家族が管理するべきなのだろうか。

Q14:「底つき」って何?

 

《Q&A》

Q1:「以前はしっかりした人だったのに、ギャンブルに狂ってからは人が違ったようになってしまった。頭がおかしくなってしまったのか。」

A1:確かに頭がおかしくなってしまったように見えるかもしれませんが、それはそう見えるだけです。
では、なぜ頭がおかしくなってしまったように見えるのでしょうか。
その一番の要因は、ギャンブラー本人の言っていることとやっていることが一致していないことにあります。
ウソやハチャメチャな言い訳もここに含まれるでしょう。
この支離滅裂な状態に付き合わされていると、そのうちまるで「頭がおかしくなった」ように見えてくるのです。

「もうパチンコには行かない!」「本当は勝っているんだ!」「次は必ず勝てる予感がする!」「ようやくコツを掴んできた!」「勝つためには投資も必要なんだ!」「大きく勝負すれば今度こそ取り返せる!」「借金まではしていない!」「自分で稼いだ金を何に使ったって勝手だろ!」「ギャンブルくらい男の甲斐性だ!」「私がこんな風になったのはあなた達にも責任があるんだから!」「これで最後だから何とか助けて・・・。」「俺だってやめたいんだよ・・・。」

これらの言葉に振り回されて、失望したり、がっかりしたり、怒ったり、呆れたりを繰り返してきた家族も少なくないでしょう。

また、これらの言葉には、その後の振る舞い(ギャンブル・借金等)により結果的にウソになってしまったものもあれば、無理矢理辻褄を合わせるためのデタラメ、言動の不一致を問題とさせまいとする強弁、目の前の問題から逃避するための妄言などが含まれます。業界用語ではこの状態を「否認」と呼ぶこともあります。

さて、このようなギャンブラーの姿を見て「きちんと考えて生活すればそのようにはならないのではないか」「強い意志を持てばなんとかなるんじゃないか」「大人としての自覚や意識が足りないんじゃないか」などと思うかもしれません。

ところで、果たして人間の行動は常に「考え」「意志」「自覚」「意識」などでコントロールされているものなのでしょうか。

例えば、小さい頃から何十年と毎朝右手で箸を使ってゴハンを食べている人(いわゆる右利き)が居たとします。
それでは、この人が毎朝「さて右手で箸を使ってゴハンを食べるぞ。」と思って食事しているでしょうか。
あるいは「今日は左手で手づかみで食べてみようかな。」などと考えたことはあるのでしょうか。

これはやや極端な例だったかも知れませんが、反復継続する行動は次第に考えや意識の影響が及びにくくなるのが一般的です。
そして、この「考えや意識の影響が及ばない」ことは、決して悪いことではありません。
先の例で言えば、毎朝ゴハンの食べ方につきいちいち熟慮しているようでは現代社会に適応した生活を送れません。
他の例としては、ドライバーが車で右折する際には、前方の信号、交差する道路の信号、交差点付近の車や人の動き、前後の車間距離、右折先の状況、走行速度、路面状況、緊急車両の接近の有無等、数え挙げればキリが無いほど注意を払って判断すべきことが多いわけですが、これらをいちいち意識していたらスムーズな右折など出来ません。
逆に、運転にまだ慣れていない初心者ドライバーは、これらをいちいち意識して処理しなければならないから、危なっかしい運転になりがちなのです。

食事の例や運転の例もそうですが、考えたり意識したりすることが省略されることでうまく生活できるということは、うまく環境に適応できている証しです。
そもそも人間のように言語や深い思考を持たない他の動物たちがうまく生き残れているのは、同様に適切な行動を繰り返すことでその環境に適応できているからなのです。

つまり、考えが人間の行動に影響を及ぼしにくい状態というのは、決しておかしなことではないということです。
人間は言語を使って深く思考できることから、全ての行動は思考でコントロールできるものと思い込みがちなのですが(それこそ無意識的に)、少なくとも行動科学的にはそのようなことはありません。

よく「ギャンブル依存は病気だから意志ではコントロールできない」という説明がなされることがありますが、正しくは【意志でコントロールできない状態は人間としてそれほど珍しいことではなく、その対象がたまたまギャンブルだった】というだけであり、病気か否かはその度合いの違いに過ぎないと言えます。

したがって、ギャンブラーが本当に「もうやめよう」と決意していたものの、またギャンブルしてしまったことでこの決意が結果的にウソになってしまったとしても、特に異常なことではないのです。(もちろん褒められたことではありませんが)
また、ギャンブラー自身も「全ての行動は思考でコントロールできる(はず、べきだ)」と信じているからこそ、言動の不一致が直面化したときにデタラメ、強弁、妄言でこれを乗り切ろうとしてしまうのです。

そして、これらデタラメ、強弁、妄言により問題を乗り切るという経験も、やはり繰り返されることによって適応的に習慣化されます。
つまり、あまり考えずに、それほど意識もせずにデタラメ、強弁、妄言を繰り返す状態に陥ってしまいます。
こうなると、確かに頭がおかしくなってしまったようにも見えてきてしまいます。

もしギャンブラー本人とその家族の対話において、このようなことがずっと続いているようであれば、まず家族からコミュニケーションの取り方を変えるべきではないでしょうか。
【詰問、説教】と【デタラメ、強弁、妄言】の往復で、いつまでも問題の解決に至らないのであれば、それを手放してみるのも良いかもしれません。
(もしかすると【詰問、説教】する側も意図せずに習慣化している可能性もあります)

もちろん「親父にぶん殴られて目が覚めた」といったような、いわゆる【本人の強い意志】によってギャンブル問題を克服した例は、これまでいくつも目の当たりにしたことがあります。(暴力はいけません、念のため)
そのように解決できたことは結構ですが、その解決方法は必ずしも万能ではありません。
人間を動物として捉えた場合には、むしろ異例とも言えるでしょう。

【詰問、説教】は、常識的で当たり前な対処なのかもしれませんし、そのことを否定するつもりはありませんが、結果的にその効果が乏しいのであれば、少なくとも解決方法としてはこれ以上期待すべきではないということです。
あまり効果的ではないのに「詰問、説教」を繰り返し、その度に辛い目に遭っている姿は、あまり勝てないのにギャンブルを繰り返し、その度に痛い目に遭っているあの人の姿に図らずも似てきてしまっているのかもしれません。
悪循環から家族だけでもまず抜けだしてちょっとでも楽になることは、何もいけないことではありません。

Q2:「考えや意志でコントロールできないというなら、どうすればよいのか。」

A2:環境へ適応して行動を繰り返すことができるのは、生き物としてごく自然なことであり、社会で生活していくうえで必要なこととも言えます。
反対に不適応な行動は、本来自然と減っていくものです。
ギャンブルで何度も負けを繰り返せば、お金を失って痛い目に遭っているわけですから、ギャンブルの頻度は減っていくのが自然な成り行きです。

しかしながらギャンブル依存の状態に陥ると、何らかの要因でこの自然な流れが働かなくなります。
何かしらの理由により間違った適応をしてしまっているとも言えます。
そして、どのような仕組みでこの間違った適応が成り立っているのかは、ギャンブラーにより千差万別です。

当事務所ではこの仕組み、つまりギャンブルの頻度が過剰に上がってしまっているギャンブラー自身の内的要因や環境的外的要因が何なのかを個別に分析します。
たくさんある要因の中から、より変えやすく、より効果が期待できるものを見極めて、生活の中でまず変えられそうなところから変えていきます。
その結果、自然な流れを取り戻すことでギャンブルが減少する、止まることを目指します。

少なくとも【心を入れ替える】といったような、誰も計りようがなく、確認しようがないことを求めたり、目標にしたりは致しません。

Q3:「怒っても無駄だと分かっていても、腹が立って仕方が無い。」

A3:ギャンブルで迷惑を被ってるのであれば腹が立つのもやむを得ないでしょう。
感情を思考でコントロールしようとするのは、行動をコントロールすること以上に難しいものです。

もっとも、腹が立っていることを自覚できているということは非常に重要です。
【腹立ち】を自分の中で的確に捉えることが可能なら、対策の取りようも出てきます。
【腹立ち】を鎮める方法は?やり過ごす方法は?暴発しない方法は?
そして【腹立ち】のきっかけとなる要因やパターンは?

【腹立ち】からの【詰問、説教】と【デタラメ、強弁、妄言】の無駄に疲弊するだけの悪い流れを食い止めることが出来るだけでも一歩前進です。

Q4:「ギャンブラーの借金を代わりに支払ったら、自助グループのメンバーからイネイブリングと指摘された。家族が代わりに支払うことは絶対にいけないのか。」

A4:原則的には、家族が借金の尻ぬぐいをする必要はありません。
ギャンブラー本人が自分で借りて自分で使ったお金であれば、その処理もギャンブラー本人が行うべきです。
尻ぬぐいの結果、ギャンブラーが経済的にギャンブルしやすい環境を提供してしまっていることは言うまでもありません。

実際のところ、ギャンブラーが家族に泣きついて借金の尻ぬぐいをしてもらい、以後一切ギャンブルをやっていないという事例はいくつも見ております。
過去に尻ぬぐいをしてしまったことに対して家族が周囲から責められるのはいささか酷だとも思います。

しかしながら、尻ぬぐいしても効果が無かったことが分かったのであれば、その方法に拘ることはやはりお薦めできません。
あまり効果的ではないのに尻ぬぐいを繰り返し、その度に辛い目に遭っている姿は、あまり勝てないのにギャンブルを繰り返し、その度に痛い目に遭っているあの人の姿に図らずも似てきてしまっているのかもしれません。

もっとも、ギャンブラー本人のためにならないのであるから家族による尻ぬぐいは何が何でも絶対にいけないのかといえば、必ずしもそうとも言い切れません。
司法書士としてギャンブラーの債務整理に関わった経験上、きわめて例外的ではありますが、家族からの尻ぬぐいの申し入れを受け入れたことが数回だけありました。
一つの例として、ギャンブラー本人がギャンブル資金の借入のために不動産担保ローンに手を出して借金を作り、その返済がしばらく滞ったところで裁判所に自宅の競売の申立がなされてしまったケースがあります。
返済せずにそのまま手続きが進めば、やがて自宅を失うことになります。
転居しなければならないのはもちろんのこと、それに伴い子どもの通学や寝たきりの親の介護等、家族みんなの生活に大きな影響が及びます。
賃貸物件に移るのであれば、家賃等の生活費の負担も増大します。
また、売却代金が借金の残額を上回る場合は、制度上その差額がまとまったお金としてギャンブラー本人の手もとに渡ることになりますので、ギャンブル問題に対する悪影響も懸念されます。
これらの諸々を熟慮のうえ、返済資金調達の具体的な目処もあったことから、今後本人が家族に分割して返済していくことを約束して、家族による尻ぬぐいが行われました。
(なお結果的に、以後ギャンブルは止まりました)

繰り返しますが、家族による尻ぬぐいは一般的にギャンブル問題を悪化させる環境を作り出してしまうことから、原則的にお薦めできません。
しかしながら、家族の生活のあらゆるものを犠牲にしてまで頑なに尻ぬぐいを否定するものではありません。
ギャンブル問題の解決より、目の前のご家族の生活の維持、向上を優先するという選択肢は当然あり得ます。

このあたりの判断は、法的なことも含めてなかなか簡単ではないかもしれません。
その場合は、まず専門家の(できれば依存症に明るい)司法書士、弁護士にきちんと時間をかけて相談することをお薦め致します。

Q5:「尻ぬぐいは良くないと頭では分かっていても、借金の督促状が届いたり取り立てらしき電話が鳴ったりすると、やっぱり不安でどうしようもない。」

A5:確かに督促、取立の独特の恐怖感は経験者にしか分からないものでしょう。
特に自分自身の身に覚えのある借金ではなくギャンブラーの借金となれば、どこからいくら借りたのかその正体も知らないわけですから、なおのこと不安になってしまうのもやむを得ないかもしれません。
その不安感から解放されるために尻ぬぐいしてしまい、この尻ぬぐいが習慣化してしまうというケースもあるかもしれません。

ところで、不安感に駆られて支払ったものの後になって冷静に考えると「しまった!」と気づくこのパターンは、何かに似ていないでしょうか。
オレオレ詐欺の被害者が陥ってしまった失敗とそっくりなのです。
知識としてはオレオレ詐欺の手口を理解していても、いざ電話が鳴って不安感が生じると、いてもたってもいられない状態になり、支払った後によくよく事態を確かめたところ「やられた!」と気づくというものです。

そうすると、この不安感をどのように対処すべきかが家族にとっては課題になります。
仮に借金問題に対する知識が不足していることが原因で漠然とした不安が増大してしまうようであれば、専門家の(できれば依存症に明るい)司法書士、弁護士にきちんと時間をかけて相談し、借金に関する理解を深めることで不安が和らぐかもしれません。
あるいは督促状や電話への具体的な対応のアドバイスを得ることもできるでしょう。
このあたりは、家族としてギャンブル依存に関する理解を深める必要があることと同様です。

それでもとにかく不安で仕方ない、生活にも支障が生じるということであれば、カウンセリングの利用や心療内科、精神科の受診も検討すべきかと思います。

ギャンブルも借金も本来自分に責任がある問題ではないのかもしれませんが、ただギャンブラーを責めても何も解決しない状況であるなら、まず自分自身の生活が具体的に少しでも楽になる方法を見つけることで、ギャンブル問題がすぐには解決できなくても、ギャンブル問題への【巻き込まれ状態】が少しずつ改善していくかもしれません。

Q6:「怒っても無駄、尻ぬぐいはダメ。だったらもうギャンブラー本人と一切関わるべきではないということなのか。」

A6:ギャンブラーがギャンブルでおかしな状態になっていたとしても、その人格や存在までを全否定すべき話ではありません。
ギャンブルにまつわる問題があればそれはそれとして、これと無関係なことに関しては家族として普通に接することが自然でしょう。

例えば、ギャンブルに行くことと借金のやりくりで精一杯で、そのお金を工面するために必死に働いているギャンブラーは珍しくありません。
毎日職場からパチンコ店に直行するする姿は褒められたものではありませんし、パチンコと借金で汲々としていて生活費もほとんど入れず家庭を顧みない姿は、まさにろくでなしでしょう。
しかしながら、一生懸命働いて社会に貢献していること自体はとても立派なことです。

あるいは、ギャンブラーが夜にパチンコ店から帰ってきたところ、自宅では子どもが急に高熱を出してしまっており、そのまますぐに夜間外来の病院まで運転してくれたとしましょう。
「パチンコ帰りの気まずさを少しでも取り繕うためではないのか。」と訝るかもしれませんが、それはそれとして、子どものために動く姿は紛れもなく父親です。
このようなときに感謝の言葉の一つでもかけるのは、夫婦間のコミュニケーションとしてごく自然なことではないでしょうか。

ギャンブラーの一挙手一投足、言葉や表情の全てをギャンブルに繋げて理解しようとするのは、やや異常かもしれません。
それこそギャンブル問題への【巻き込まれ状態】とも言えます。
わずかでもまともに見える部分が残っているのであれば、そこは認めてあげたうえで、まともな時間が少しでも長くなるようなコミュニケーションを心がけられれば理想的です。

「自分には今そんな余裕はない。」ということであれば、悪循環を断ち切るために一旦は距離を置くという選択肢も、また現実的なものだと思います。

なお同居、別居、離婚等さまざまな選択肢が頭に浮かぶかもしれませんが、その選択はギャンブルの一点のみで判断すべきではないと思います。

また、いずれの選択をしたとしても「自分の人生を生きる」という意識をもつことと、そのために今自分に必要な力や支援を充実させていくことが大切でしょう。

ちなみに一度決めた選択は絶対ではありません。

改めて選択しなおすという余地があるかもしれないことも認識しておきましょう。

Q7:ギャンブル問題に関する支援機関にはどういったものがあるのか。

A7:「ここに頼れば絶対に解決する」という機関があるわけではありません。
しかしながら、支援機関は全国各地に徐々にではありますが確実に増えているものと思われます。
その主なものは下記のとおりです。

* ギャンブル依存当事者やその家族の自助グループ
* ギャンブル依存に対応可能なカウンセリングルーム
* ギャンブル依存に対応可能な病院・クリニック(精神科・心療内科)
* ギャンブル依存からの回復を目的とした入所施設
* ギャンブル依存問題に取り組んでいる精神保健福祉センター・保健所
* ギャンブル依存当事者やその家族に対する支援団体が実施する相談会
* ギャンブル実施者が独自に設けている相談窓口

それぞれの状況や事情に応じて、これらをうまく使い分けることが大切でしょう。

なお、平成30年には国会でギャンブル等依存症対策基本法が成立しましたので、支援機関のますますの拡充が期待されるところです。

また、ギャンブルに付随して借金や法的問題がある場合は、専門家である司法書士や弁護士への相談も検討すべきでしょう。

Q8:「娘のギャンブルの尻ぬぐいを繰り返した結果、自分自身が借金を抱えてしまい生活が大変な状況になってしまった。どうすればよいか。」

A8:尻ぬぐいのほか、ギャンブラーが生活費を入れない、家族の財産を奪っていくなどの結果、家族が多重債務に陥ってしまっているというケースも珍しくありません。
ギャンブラーを責めたい気持ちはよく分かりますし、ギャンブル問題の解決が気がかりなのも分かりますが、それだけでは多重債務は解決できません。

まずは司法書士や弁護士にしっかりと相談し、必要に応じて債務整理の依頼も検討すべきです。

Q9:ギャンブラーが亡くなった。これでようやくギャンブル問題から解放されるのかと思ったが、どうも心身の不調が続いている。これはどういうことだろう。

A9:ギャンブラーが不慮の事故で亡くなることもあれば、場合によっては自殺してしまうこともあります。
たとえ生前憎々しく思っていた相手であったとしても、家族の死に大きなショックを受けるのは当たり前のことです。
また、ギャンブル問題への「巻き込まれ」が長年常態化していた場合、それが突然無くなることによる戸惑いや反動で変調が生じてもおかしなことではありません。

いずれにせよ調子がおかしいと感じたら、心療内科や精神科の受診やカウンセリングの利用も検討したほうがよいかもしれません。

なお、令和6年には「ギャンブル依存症自死遺族会」という当事者団体も立ち上っております。

ちなみに、ギャンブラーが借金を残したまま亡くなった場合、その相続人にあたる家族は、何もしないでおくと原則的に借金を引き継ぐことになります。
家庭裁判所へ相続放棄の手続きを行うことでこれを免れる方法もありますが、手続きにはデメリットもありますし、原則的に3か月以内に判断、書類収集して家庭裁判所に申述書一式を提出しなければならないという要件もあります。

この3か月という期間は案外あっという間に過ぎるものです。
借金があることが分かっている場合は、なるべく早く専門家に相談すべきでしょう。

Q10:子どもがギャンブラーになってしまったのは、自分の育て方が悪かったからなのか。情けないし、恥ずかしい。

A10:子どもの成長に育て方が影響しているのは確かでしょう。
しかし、これまでの育て方がギャンブラーにさせてしまった影響の有無は誰も証明できませんし、その影響力も計りようがありません。

また、仮に何かしらの影響があったとしても、既に述べたとおり不適応な行動は本来自然に減っていくものです。
つまり過剰なギャンブルが維持、継続されているのは、今現在ギャンブラー本人の内側、外側に何かしら維持、継続する要因が存在していることに他なりません。

そもそも、育て方を後悔しても(あるいは家族の育て方を責めても)、タイムスリップして育て直すことは出来ません。

極端な例ですが、幼少時の虐待によるトラウマ反応への対処としてギャンブルが身についているというように、明確に今現在の要因となっている可能性が高いのであれば、過去を振り返ることに意義があるかもしれません。
しかしそのような状態にないのであれば、まずは今現在のギャンブルが続いている仕組みに関心を向けるとともに、そこで家族の立場で適切に手助けできることはあるのかどうかを考えるべきです。

過去のあれこれは、ギャンブル問題が解決してから振り返っても遅くはないのではないでしょうか。

Q11:長年ギャンブルをやめていたのに、ギャンブルが再発してまた以前のようにのめり込んでしまうことがあると聞いた。今は止まっていても、いつそうなってしまうのか心配で仕方ない。

A11:確かに、止まっていたギャンブルが再発し、以前のように(あるいは以前よりもっと酷く)ギャンブルにのめり込む事例も少なくありません。
依存症支援の業界用語ではこれを【スリップ】と呼ぶこともあります。

行動科学的にはこれを【復帰】などと呼びますが、一度身についた行動が完全に消えることはないので、何かしらの要因でその行動が再びあらわれたとしても何ら不思議ではありません。

このように説明すると脅かしているように思われるかもしれませんが、実際に再発するかどうかは誰にも分かりません。
将来のことを必要以上に心配するよりは、仮にそうなった場合に何が出来るのかを考えておくほうが、自分自身のためにもギャンブラー本人のためにも有益です。

特に再発した瞬間というのは、その仕組みを把握できる絶好のチャンスとも言えます。

再発に過敏になるよりは、必要な備えは頭の片隅に置きつつも、今現在の穏やかな生活がどうして維持、継続しているのかに意識を向けることのほうが、結果的に再発のリスクも減少するのかもしれません。

またギャンブラー本人にとっては、再発したときに安心して直ぐにそのことを相談・告白できるよう相談・支援先と信頼関係を保てていることが、その後の悪化防止のためにも重要と言えます。

Q12:アルコール依存で体を壊し生命の危機に至ることは理解できるが、ギャンブルなら命まで奪われることはないだろう。果たしてそんなに深刻なことなのだろうか。大げさに考えすぎではないか。

A12:アルコール依存の場合、アルコールの薬理作用により最終的には死に至るほどまで身体が蝕まれることは一般にもイメージしやすいことでしょう。
また、その影響は身体の動き、色、臭い等にもあらわれるので、見た目にも把握しやすいところがあります。

それに対してギャンブル依存の場合、身体が直接的に蝕まれるものではなく(脳への影響は指摘されておりますが)、また見た目だけでのめり込みの有無を判別することもほとんど出来ません。

それでは、ギャンブル依存症の何が怖いのでしょうか。

ギャンブル依存の場合、ギャンブラー本人の社会関係(生活環境)が崩壊していってしまうことに怖さと残酷さがあります。

ギャンブルで借金を重ねて首が回らなくなれば、その取立に追われる生活になります。
ギャンブルで欠席を重ねて退学すれば、学校にまつわる人間関係を失うことになり、またキャリア形成の機会も失います。
借金の無心に友人や親戚たちを回るようになれば、その関係性が断たれるだけでなく、場合によっては責め立てられる立場に陥ります。
ギャンブルの種銭を得るために犯罪に手を染めれば、日常生活を丸ごと失うことになり、被害者だけでなく社会からもその責任を問われることになります。
そして数々の失態に家族を問題に巻き込み、いよいよ家族からも愛想を尽かされると、周りに味方は一切無く、もはや敵だらけといった状態を作り上げてしまうのです。

財産も人間関係も失い孤立を深めたギャンブラーは、ついに生きていくための自信までも喪失し、自殺に至ってしまうことも決して少なくありません。
自業自得といえばそれまでかもしれませんが、そもそもギャンブラー本人の人格や存在そのものを個人攻撃しても何ら解決しないのがまさにギャンブル依存という状態です。

趣味や娯楽の範囲でギャンブルとの付き合いができている分にはともかく、もし家族から見て少しでも度が過ぎているように感じられるのであれば、なるべく早いうちに支援機関と繋がることが大切だと思います。
個人の限られた経験に頼るだけでなく、たくさんの事例を持つ支援機関の目で危険度を判断してもらうことが重要です。
自らが敵になってしまう前に、ちょっとした気配りがギャンブル依存への進行を食い止めるきっかけになるかもしれません。

ちなみに「ギャンブル依存症ポータルサイト」には4つの質問でギャンブル依存症をセルフチェックできる「LOST」というツールが公開されております。
http://kakenai.jp/lost.html

Q13:家族向けのプログラムに参加する中で、現在本人のお小遣いの管理を学んでいるところである。しかしながら、自助グループでは「手放す」という話もよく耳にする。本人のお小遣いは家族が管理するべきなのだろうか。

A13:私見ですが、少なくともお小遣いを「管理する」という認識の仕方は改めたほうがよいと思います。

依存症からの回復の主体はあくまでも本人です。例えば本人のお小遣いをそのご家族が厳格に管理すれば、本人がギャンブルする可能性は確かに下がるでしょう。しかしながら、それはいわば経済的軟禁により「出来ない」だけに過ぎません。アルコール依存の方が入院中にお酒を飲めなかったり、薬物依存の方が服役中に薬物を使えなかったりすることと似たようなものです。病院の中や刑務所の中でずっと生きていくことが依存症からの回復ではなく、戻ってきてから依存しなくてもやっていける日常生活を築いていくことこそが回復です。
もちろんこのことはギャンブル依存にも通じる話です。特にギャンブル依存の場合、ギャンブル以外のことにお金(と時間)を健全に使えるようになることも回復において重要です。お小遣いを「管理されている」間は、いつまで経ってもその機会や経験を得ることが出来ません。A4で借金の尻ぬぐいの問題に触れておりますが、借金の尻ぬぐいはマイナス財産の管理であるところ、小遣いの管理はプラス財産の管理であり、ある意味では同じようなことをやっているとも言えます。

もっとも、本人が自らの意志で、自分の平穏な日常生活を築いていくために今必要であると感じて家族にお小遣いの管理を依頼するのであれば、負担にならない範囲でそれに協力することは悪いことではないとも思います。つまり家族は「管理する」のではなく「管理させてもらう」わけです。もし本人が管理の変更や停止を希望した場合には当然応じるべきであり、その理由を詮索する必要もないでしょう。

お小遣いの管理はあくまで本人の意志のみで始まるべきものです。本人を土下座させて借金の支払いを肩代わりした挙げ句に、事実上逆らえない状況でウンと言わせて半ば強制的にお小遣いの管理を始めるようなことは、回復という観点から言えば一番マズいパターンです。

Q14:「底つき」って何?

A14:本人が回復のスタートラインに立つ、支援を受け入れられる状態になるために大切なのが「底つき」です。支援者によってその定義もさまざまですが、個人的には次の3つのハードルを本人が乗り越えられたときこそが底つきしたと言えるのではないかと考えます。

1.ギャンブルにのめり込み過ぎて生活に支障が生じていることが「わかる」(気づく)

2.それでもギャンブルが止められない現実を受け入れる(認める)

3.ギャンブル依存であることを他人に明かせる(共有する)

この3つを乗り越えられればウソや隠し事から解放され、回復支援に対する抵抗感も少なくなります。ところで本人にとっては特に2番目以降を乗り越えるときに最も葛藤が生じる(苦しむ)のではないかと思われます。経験上からも言えることですが、特にいわゆる真面目なタイプほど自尊心や自己肯定感を損ない、また罪悪感や自己嫌悪に苛まれます。これらは自死のリスクが高まることを意味します。家族や支援者が「底つきさせよう」などと考えるのは、みだりに本人を追い詰めるだけであり絶対に慎まなければなりません。それよりも必要なのは底つきしたときに孤立しないよう、支援に繋げられるように準備をしておくことです。

 

令和6年10月11日改訂